正解を求めない

シンギングボウルは音を扱うゆえに

正解、というものがありません。

 

 

伝統的なヒーリングメソッドの中でも

フリーで

つまり自分の感覚で行う部分があったり

演奏にも確たるものはなく。

 

 

「音楽」という芸術としてみるならば

そこには一定のルールみたいのがあるかもしれないけど

自らの音を表現するのに型はいらない。

 

 

 

シンギングボウルを奏でるための「技術」的なこと

というのは確かにあるので

そこは経験や練習なんかが必要ですけれどもね。

 

自分の好きなようにやってもよい

ということに戸惑いを感じる方も結構多いです。

 

 

こんなのを人に聴かせていいのかな?

これでいいのかな?

と、不安を感じる気持ちもよーくわかりますけどもね。

 

正しさ

正解

を知るのが今までの学びの術でしたし。

 

 

 

最近の私はと言いますと

 

自分で何かしよう、と考え自分でできると思うことこそ痴がましいのであって

シンギングボウルにあっては「音」にすべてを委ねる

そこに「信」をおく

ということに徹底しております。

 

 

私たちの「信念」というのはそれほどの強さがある。

その「信」をどこにおくか。

 

その象徴、道具としてもシンギングボウルがあって

すべていいようにやってくれます。

 

 

要するに、私はシンギングボウルが好きなだけなのですけど。

 

シンギングボウルによって何がどうなるのか

なんて、分析していってもキリがなくすべてわかるはずもなし。

 

ただ好きだから

自分の心地よい、良いと感じるものをみんなとシェアする

という気持ちでやっていけばその心地よさも延長される。

 

 

そんな「今」の過ごし方を

猫たちにも教わっている最近です。